善福寺日乗

ある職業的散歩者の日記

自負と無念

兄の遺著が届きました。目次だけでも11頁、全体では650頁を超える浩瀚な一冊ですので、内容を要約してお伝えすることは手に余ります。そこで、兄の思いが滲み出た2つのパラグラフをご紹介したいと思います。 一つは最終章である"第五章 訳読の方法と課題"の…

野辺に送る

今日、兄を野辺に送りました。 800頁にも及ぶゲラのチェックを終えた1月8日に、「死ぬかと思った・・・」という述懐を漏らしていたので心配していたのですが、その2日後、癌の転移による骨盤骨折のため入院するに至り、2月29日の正午過ぎに力尽きました。 救…

10年遅れの厄年 - When sorrows come, they come not single spies, but in battalions

冬晴れに恵まれた1月8日、始発電車に揺られて2024年最初のハイキングに出かけました。京王線の高尾山口駅を起点に高尾山、陣馬山、和田峠、連行峰、三国山、浅間峠を越えて檜原村上川乗集落をめざす計画で、総距離25.5km、累積標高差(上り)2,337m、標準コー…

69ばんめの秋

この9月19日、"26ばんめの秋"に所帯をもった連れ合いと一緒に、尾瀬を歩いてきました。2019年の夏に長英新道をたどって燧ヶ岳に登り、熊沢田代、広沢田代を経由して御池までくだって以来ですので、4年ぶりということになります。 鳩待峠から横田代、アヤメ平…

死出の山路

前回の投稿で宣言した「1980年代以降、日本社会に何が起こったのか、そしてこれから何が起ころうとしているかについての与太話」を披露すべく、これまで書き溜めてきたノートを読み返しはじめた8月30日の夜、発熱していることに気づきました。体温を計ると37…

斥候(ものみ)よ夜はなお長きや

教養学部の構内にあった学生寮で懶惰な留年生活を送っていた1974年のある日、ふたりの同級生と暮らしていた30畳ほどの部屋に、見知らぬ来客がありました。きけば30年ほど昔の住人とのことで、壁という壁を埋めつくす落書きを眺めまわしたあと、「さすがに残…

帰属家賃と消費者物価指数

今年1月に投稿した”福祉は住宅から始まる”でも紹介したエミン・ユルマズ(野村證券、複眼経済塾)の次のような一文を目にして以来、消費者物価指数と住宅価格の関係がずっと気になっていました。 『日本経済は長期にわたりデフレが続き、物価は上がらないとい…

王たちの憂鬱な夏

かつてPIMCOを率いて債券王の称号をほしいままにしたビル・グロースは昨年9月、『米国債はごみ』だと指摘しました。『米連邦準備理事会(FRB)の資産購入の減額(テーパリング)が2022年半ばにかけて進み、10年債利回りは今後1年で2%以上に上昇(価格は下落…

Hotel California を追われる日銀

2010年3月3日、ダラス連邦準備銀行の総裁だったRichard W. Fisherは、FRBの超緩和的な金融政策について、イーグルスのヒット曲”Hotel California”の歌詞 - You can check out any time you want. But you can never leave. - を引用して、バランスシートの膨…

二重構造論の復権

2021年12月27日、大企業などで構成される事業者団体や経済団体を集めた会議において、岸田首相が『成長と分配の好循環を実現するため、中小企業が適切に価格転嫁を行い、適正な利益を得られるよう環境整備を行う』と異例の要請をおこなったことが報じられま…

Bob Dylan’s Dream

誕生日にもらった友人からのメッセージで、大学に入学してから半世紀たったことに気づきました。 18歳からの5年間を大学で過ごしましたが、なかでも教養学部キャンパスの一角に建つ学生寮での2年間はかけがえのないもので、いまなお寄木張りの床にひかれてい…

福祉は住宅から始まる

この数ヶ月、1990年代以降の日本の長期的な衰退に関する論文や書籍、コラムなどを読み漁っていたのですが、その過程で住宅に関わる面白い論考をいくつか見つけました。 一つ目は、大阪大学社会経済研究所教授だったチャールズ・ユウジ・ホリオカ(大阪大学、…

When the music stops

世界金融危機直前の2007年7月、当時、世界最大の銀行だったシティグループのCEO チャールズ・プリンスは取材に対し、“When the music stops, in terms of liquidity, things will be complicated. But as long as the music is playing, you’ve got to get u…

William R. White の警告

大手不動産開発会社・中国恒大集団のデフォルトに関する記事が連日ニュースサイトを賑わせていますが、Bloombergが9月18日に配信した”アシュモアやブラックロック、中国恒大の債券を大量に保有”という記事を目にして、William R. Whiteの警告を思い出しまし…

労働法のない世界

東洋経済ONLINEは8月1日、”個人請負で「予期せぬ事態」に直面する根本理由 - あらゆる業種に広がっている「無権利状態」”という特集記事を配信しました。実際には被用者と同じ仕事をしているにもかかわらず、業務委託契約や請負契約などに基づいて働く人たちが急…

死んだ男

一昨日、2回目のワクチン接種を受けたあと、疼痛と発熱にみまわれました。カロナール錠を服用し、YouTubeで音楽を聴きながら微睡むうちに、どういった巡り合わせなのか、ヘッドホンから流れてきたのは斉藤哲夫の”悩み多き者よ"。 www.youtube.com そして、ほ…

消防士のいない夏に

この春、ポール・ボルカー、アラン・グリーンスパン、ベン・バーナンキという3人のFRB議長経験者の回顧録に続いて、ティモシー・ガイトナーの”ガイトナー回顧録 - 金融危機の真相”(2015年8月、日本経済新聞出版社)を読む機会がありました。 サブプライムロー…

On lâche rien 

この30年ほど日本社会は苦境に喘いできましたが、近い将来、今日の苦境さえもが楽園に思えるほどの破局がやってくるのではないか。そのとき、かつてナチスがそうしたように、打ちのめされた人々のルサンチマンにつけ込む排外主義的な勢力が権力を奪取するの…

大西洋しか知らない田舎者

3月上旬、溶連菌感染症のため一週間余り寝込んでからというもの、ものごとを突きつめて考えることや文章にまとめる気力がすっかり萎えてしまいました。しまいにはノートをとりながら読書することすら億劫になってくる始末で、これが老いというものか、と嘆息…

道と街

汗ばむような陽気に恵まれた昨日、ほぼ10年ぶりに東向島や京島の街を歩いてきました。かつて撮った建物のほとんどは姿を消していましたが、曲がりくねった路地は健在で、心が躍りました。 わが国初の近代的な都市計画である市区改正は、道路の改良をおもな目…

奇妙なニュース

共同通信は昨日(2021年2月20日)、”EV普及で雇用30万人減も 部品減で、メーカー苦境”という記事を配信しました。 ところが、『自動車がガソリン車から部品数の少ない電気自動車(EV)に切り替わることで、国内の部品メーカーの雇用が大きく減少する恐れがある…

集金人の到来

17〜8年ほど前、広告代理店からの依頼で、地方自治体の文化施設整備・運営や文化関連プログラムのあり方に関する原稿を書いたことがあります。 人類が経験したことがない超高齢化社会が到来すれば、医療や社会福祉の分野で膨大な財政需要が発生する。人口の0…

YESTERDAY WHEN I WAS YOUNG

滝沢峠の麓に住んでいた20代前半、定期購読していたFM Fan誌を頼りに、よくJazzをエアチェックしました。国内では入手できない音源も多かったので、気に入った曲については文字通りテープが擦り切れるまで聴いたものです。そんなお気に入りの一曲が、Blossom…

日本自動車産業に未来はあるのか

2020年12月17日付のロイターは、日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)がオンラインの会見を開き、日本政府が2050年の達成を目指すCO2排出量を実質ゼロにする”カーボンニュートラル”に関して、「国家のエネルギー(電源)政策の大変革なしでは…

ふたたび「小さな国」へ

11月11日付の日本経済新聞が、日本電産の代表取締役会長兼CEO・永守重信が第22回日経フォーラム「世界経営者会議」でおこなった講演の内容を報じています。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66037840Q0A111C2000000/ 『・・・世界的な環境規制強化を背…

デービッド・アトキンソンに期待する !?

菅政権が新たに立ち上げた「成長戦略会議」のメンバーに、竹中平蔵とデービッド・アトキンソンが加わっています。 竹中平蔵に関しては、リチャード・クー(野村総合研究所)が”デフレとバランスシート不況の経済学”(2003年10月、徳間書店)のP327〜および”「追…

実験の代償

サミュエルソンの”経済学”(岩波書店)を読んで以来、45年ぶりに経済学の教科書を手にとりました。IMFのチーフエコノミストとしても活躍したオリヴィエ・ブランシャール(MIT)の”マクロ経済学第2版”(東洋経済新報社、2020年4月)です。そしてイントロダクション…

America

1968年6月5日の夜、ぼくは新宿5丁目にあった新宿厚生年金会館大ホールにいました。そのころ絶大な人気を誇っていたPeter Paul & Maryのコンサートに行ったのです。オープニングのナンバーは、Bob Dylanがつくった"When The Ship Comes In”でした。 開演して1…

日本学士院賞を撃つ

以下は、戦後に経済学分野の日本学士院賞を受賞した人物、受賞時の年齢、受賞対象となった研究タイトルをリスト化したものです(研究タイトルが長いものは一部省略しています)。受賞時の平均年齢は62.13歳であり、対象となった研究はほとんどが経済史や経済学…

Lost Century (6)待機する日本

1943年8月、シモーヌ・ヴェイユは亡命先の英国で客死しましたが、食事を摂ることを拒絶して死の床に横たわる彼女の脳裏に、11年前に目にした情景が去来していただろうことは想像に難くありません。 リセの哲学科教授だったヴェィユは、1932年、23歳の夏をド…