善福寺日乗

ある職業的散歩者の日記

日本自動車産業に未来はあるのか

 

 2020年12月17日付のロイターは、日本自動車工業会豊田章男会長(トヨタ自動車社長)がオンラインの会見を開き、日本政府が2050年の達成を目指すCO2排出量を実質ゼロにする”カーボンニュートラル”に関して、「国家のエネルギー(電源)政策の大変革なしではなかなか難しい」と述べたと報じました。

jp.reuters.com

 豊田会長は3つの論点を提示しました。


 第一の論点は、EV化が進展すれば日本自動車産業のビジネスモデルが崩壊する恐れがあるというものです。

自工会として国の政策に貢献するため「全力でチャレンジすることを決定した」と説明。ただ、「画期的な技術ブレークスルーなしでは達成は見通せず、サプライチェーン全体で取り組まなければ国際競争力を失う恐れがある。たいへん難しいチャレンジ。欧米中と同様の政策的財政支援を要請したい」と語った。これは「国のエネルギー政策そのもので、ここに手を打たないと、この国でものづくりを残し、雇用を増やし、税金を納めるという自動車業界のビジネスモデルが崩壊する恐れがある」とも強調した』
 つまり従来のサプライチェーン(ピラミット型の下請け構造)を守るために、摺り合わせ型メカ技術はを活かせるハイブリッドカー(HV)も、EVや燃料電池車(FCV)と同じようにグリーン成長戦略の重要な柱であると主張しているのです。
 この点についは後日、あらためて取り上げたいと思います。
  
 二番目の論点はEV化が進めば深刻な電力不足に陥るというものですが、今回はこのことについて少し考えてみたいと思います。ロイターは次のように報じています。

『急速なEV普及推進にも懸念を示した。試算によれば、乗用車400万台をEV化した場合、夏の電力使用ピーク時には電力不足で発電能力を10─15%増やす必要があり、原発では10基、火力発電では20基必要になる。保有車すべてをEV化すると充電インフラの投資コストが約14兆─37兆円かかる。EV生産時も電池供給能力が今の約30倍以上必要で、能力増強コストは2兆円かかる』

 なぜわざわざ夏の電力使用ピーク時にEVを充電するという非現実的な前提のもとで試算したのかはさておき、この記事だけではシミュレーションの前提である日本全体の電力需要や自動車保有台数が不明です。そこで他の情報源をチェックしたところ、トヨタの企業広報メディア『トヨタイムズ』が2021年1月8日付けで配信したTOYOTA NEWS ”日本のカーボンニュートラルを考える 自工会・豊田会長が語った事実” が疑問を解消してくれました。

toyotatimes.jp


 
『HV、PHV、EV、FCVなど、動力源に電気を使うこれらのクルマのことを「電動車」と呼ぶ。しかし、それがニュースで扱われるときには、「電動車=EV」と単純化された構図で伝えられることが少なくない。また、電動車にはさまざまな選択肢があるにも関わらず、最後はすべてがEVになると理解されている実態もある。

 その単純化された認識を正そうと、豊田会長はある試算を紹介した。
(編集部注:国内に6,000万台ある保有を)全部EVに置き換えた場合、夏の電力使用がピークのときには、電力不足に陥ります。解消には発電能力を+10~15%にしなければなりません。これは、原発で+10基、火力発電で+20基の規模に相当します。
 それから、保有を全てEVにした場合、10年インフラの投資コストは約14~37兆円かかります。自宅のアンペア増設は一個当たり10~20万円、集合住宅の場合は50~150 万円になります。急速充電器の場合は平均 600万円の費用がかかるので、約14~37兆円の充電インフラコストがかかるというのが実態です。
 生産で生じる課題としては、(編集部注:国内の乗用車の年間販売台数に相当する400万台がEVに置き換わると)電池の供給能力が今の約30倍以上必要になります。能増コストとして約2兆円。それからEV生産の完成検査時には充放電をしなければならず、現在EV一台の蓄電量は家一軒の一週間分の電力に相当します。年50万台の工場とすると、日当たり5,000軒分の電気を充放電することになる。火力発電でCO2をたくさん出し、各家庭で使う日当たり5,000軒分の電力が単に(検査で)充放電される。
 そのことを分かって政治家の皆さんがガソリン車をなくそうと言っているのか。是非、正しくご理解いただきたいと思っています』

 編集部がわざわざ注解してくれたように、30年後も日本では現在と同じく6,000万台の自動車が走っていることが前提になっているのです。また、記事では触れていませんが、我が国の電力需要が30年後にも変化していないことも前提にしているようです。
 国立社会保障・人口問題研究所が2017年に公表した”日本の将来推計人口”によれば、日本の人口は今後50年間で以下のように推移していきます(出生率、死亡率ともに中位の場合)。
   2020年  125,325千人
   2030年  119,125千人(2020年比 −6,200千人)
   2040年  110,919千人(2030年比 −8,206千人) (2020年比 −14,406千人)
   2050年  101,923千人(2040年比 −8,996千人) (2020年比 −23,402千人)
   2060年   92,840千人(2050年比 −9,083千人) (2020年比 −32,485千人)
   2070年   83,227千人(2060年比 −9,613千人) (2020年比 −42,098千人)

 “カーボンニュートラル”の目標年次である2050年までに減少する23,402千人は、北海道電力東北電力及び中国電力の管内人口(2019年)にほぼ匹敵します。ちなみに、3電力会社の発電容量は以下の通りで、合計48,447,095kW。出力100万kWの原発に換算すると48基強になります。
   北海道電  8,382,095kW(2020年3月末) 
   東北電力  28,570,000kW(2019年度)
   中国電力  11,495,000kW(2020年3月末)

 自工会の予測は、技術革新がもたらす電気事業のパラダイムシフトの可能性についてもまったく考慮に入れていませんが、効率的な蓄電池の登場は、現行の系統電力システムの存立基盤を揺るがすことになります。
 1月3日付の日経新聞は、”「蓄電所」になるNTT 企業価値決するGX”といいう記事を配信しました。
 

www.nikkei.com

岩手県宮古市は震災を教訓に、太陽光など再生エネの発電量を増やしている。通信インフラで大量の電気を使い、使用電力が国内発電量の1%を占めるNTT。脱炭素のプレッシャーをバネに変貌を遂げようとしている。
 戦略の一端が見えたのが2020年11月、東日本大震災でエネルギー供給網を寸断された岩手県宮古市との提携だ。震災を教訓に消費エネルギーの約3割を太陽光発電など市内の再生可能エネルギーでまかなうが、連携することで50年に100%へ高める。
 NTTの強みは全国に展開する約7300の通信ビル。再生エネ発電は自然環境に左右され需給調整が難しい。ビル内に大容量の蓄電池を置いて「蓄電所」となれば、地域の再生エネ発電の受け皿となれる。全国に1万台強ある社有車は電気自動車(EV)に切り替え、災害時は病院などの施設をバックアップする。
「自らの手で再生エネを増やし、各地のエネルギー需給の調整役も目指す」とNTTの澤田純社長は話す。分散する再生エネ発電所をITの力でつなぐ次世代の電力インフラ、仮想発電所(VPP)事業に三菱商事と組んで参入。30年度までに大手電力に匹敵する規模の再生エネを開発し、企業や自治体に供給していく』

 おそらくは都市ガス会社なども同様の事業に取り組むことになるでしょう。つまり、都市ガス(天然ガス)を燃料とする燃料電池やマイクロガスタービンに、太陽光発電設備と蓄電システムを組み合わせた分散型の効率的な電熱併給システムが大都市圏を中心に普及していくと考えています。燃料電池を車に搭載するのではなく、家庭やオフィスなどに設置された燃料電池で発電しEVに充電する、そんなMIRAIがやってくるのです。

 人口減少と高齢化の進展により新車登録台数も大きく減少していきます。自動車産業専門調査会社のFOURIN(名古屋市)が発行した”人口減少日本の21世紀自動車市場研究”(2008年3月)は、日本市場は2040年代に300万台割れとなり、2050年には200万台前半にまで縮小すると予測しています。多少の増減はあるでしょうが、自工会がシミュレーションの前提とした400万台は、あまりにも過大であると言わざるをえません。保有台数6,000万台についても然りです。
 僕のような素人すら騙せないような「為にする数字」を前提としたシミュレーションに基づいて立論せざるをえなかった自工会の姿に、100年に一度といわれる変化に対応できないでいる日本自動車産業のリーダーたちの焦りと無能さを感じた次第です。

 なお、豊田会長が提示した三つ目の論点は、日本独自の規格である軽自動車にまつわるものでした。

『電動化が進んでいない軽自動車の行方も注目されているが、豊田会長は「軽自動車しか走れない道が日本には85%ある。一歩、地方に出れば、完全なライフラインだ」と指摘。「電動車を構成するハイブリッド車燃料電池車、EVの中でどう軽自動車を成り立たせていくのか。このミックスで達成させていくことが日本の生きる道だと思う」として政治家へ理解を求めた』
 
 この記者会見から8日後の12月25日、トヨタが超小型電気自動車「C+pod(シーポッド)」の販売を開始したのはご愛嬌ですが、酷道ドライブを趣味にしている人間として「軽自動車しか走れない道が日本には85%ある」という一文は見過ごすわけにはいきません。というのも、道路事情が悪いことで知られる四国を含めて、崩落や工事、積雪などのために通行規制がなされている場合を除いて、5ナンバーの車で通行できなかったケースなどなかったからです。つまり、この論点も二番目の論点と同様、ためにする議論としか思えません。

 かつて「世界に冠たる日本型生産システム」という幻想に胡座をかいていた我が国のAV機器産業や半導体産業は、衰退していきました。日本型生産システムの最後の砦ともいうべき自動車産業も、同じ運命をたどるのでしょうか。

    残された時間は刻一刻と失われています。