善福寺日乗

ある職業的散歩者の日記

奇妙なニュース

共同通信は昨日(2021年2月20日)、”EV普及で雇用30万人減も 部品減で、メーカー苦境”という記事を配信しました。

 

 ところが、『自動車がガソリン車から部品数の少ない電気自動車(EV)に切り替わることで、国内の部品メーカーの雇用が大きく減少する恐れがあることが20日、明らかになった』という一文で始まるこの記事には、奇妙なことに情報源が書かれていません。
 昨年11月の「(EV化によって)2030年に自動車の価格は現在の5分の1程度になるだろう」という日本電産代表取締役会長兼CEO・永守重信の発言からすると、30万人(自動車関連雇用の/10)で済むはずがないのでは? という疑問がつきまとうのはさておき、なぜ情報源を明らかにしなかったのかが気になっています。
 ちなみに、ドイツ連邦経済エネルギー省は、このまま次世代車へのシフトが進んだ場合、2050年までの間に製造・資材部門で19%、販売・整備部門で56%の雇用が失われるとの試算を公表しています。この変化率を日本に当てはめると、およそ83万人が失職する勘定になります(週刊エコノミスト2021年2月2日号P26〜P27)。
 気になっているといえば、ここのところEV用全固体電池についての記事が目につくようになってきました。
 トヨタの寺師茂樹副社長は2019年9月、名古屋オートモーティブワールド2019の基調講演において、2020年の東京オリンピックパラリンピックに向けて、従来のリチウムイオン電池に代わる全固体電池を搭載した電動モビリティの開発を進めていることを明らかにしていましたが、いよいよヴェールを脱ぐ時が来たのでしょうか。

 自動車用全固体電池の開発に成功したとなれば、テスラをはじめとする欧米のメーカーや、近年、全固体電池の研究開発において存在感を増している中国のメーカーをも圧倒できるだけに、いやが応にも期待が高まります。
 ただ、事情に詳しい研究者や技術者からは、過度の期待を戒める意見も出されています。  
 例えば山田淳夫(東京大学工学系研究科教授)は、2月3日に配信された東洋経済の記事”電気自動車普及のカギを握る電池技術の現在地 - 全固体電池への過度な期待は禁物”において、『センセーショナルな記事やそれを煽るメディアが、やや一人歩きしているように見える』と注意を促しています。

 また、電気自動車のための急速充電器・充電スポット検索アプリEVsmartチームが運営するEVsmartブログの記事 ”電気自動車の進化に必須といわれる「全固体電池」は実用化できない?” は、電池の第一人者といわれる雨堤徹(三洋電機、Amaz技術コンサルテイン合同会社代表)の意見を紹介しています。とてもわかり易い説明なので、少し長くなりますがご紹介します。

『雨堤さんは、全固体電池の最大の課題について次のように話してくれました。
「量産化する上でいちばん問題なのは、固体と固体の接触面積をどうやって確保し、維持するかです。液状だから電極の接触面積を大きくできますが、形が決まっている固体電解質では難しい。それなのに、誰もそこにフォーカスしない。電解質の話ばかりで、接触のインターフェースの話はほとんど出ていません」
「ある東工大の先生は電解質の伝導率が高いと言ってますが、そんなの関係ないんです。電解質と正極、負極とでイオンのやりとりをしないといけない。そのためには接触面積をしっかり確保しないといけない。それがちゃんとできるかどうかが電池を実用化するための問題なんです。例えば、日立造船さんは、ものすごく高圧のプレスをして固体と固体の接触を改善しましょうという取り組みをしてますが、エネルギー密度など出ている数値は実用電池としてはまだ低い。それが実態だと思います」
 今年6月、村田製作所は「業界最高水準の容量を持つ全固体電池」を開発したと発表しましたが、用途はウェアラブル機器などを想定していて、EVのような大容量、大出力のものではありません。雨堤さんは続けます。
「実験では、数ミクロンというすごく薄い電池を作っています。電解質を蒸着したようなものです。そのくらい薄くしないと性能が出ないんです。だから、容量の大きいものを量産する時にはどうするんですかって聞くと、数千層を積層しますって言うのですが、量産性を考えるとそんなのできるわけがないですし、逆にエネルギー密度は激減します」
「電池は、充電時には正・負極が膨張して、放電時に収縮します。電解質が固体だと膨張、収縮に十分追従できません。確かに実験室レベルでは全固体電池はできるので、ウソだとは言っていません。でも実用化のハードルはいっぱいあって、そこにメスが入れられず30年くらい前から悩んでいることが何も進んでないんです」
 ・・・高い目標を掲げるのは悪くはないと思いますが、現実離れした数字は社会をミスリードすることになってしまうのではないかと危惧します。
 雨堤さんは、関心と予算が集まっている全固体電池に研究者がとられてしまっていることが問題だと危惧しています。
トヨタが独自に全固体電池をやるのはいいでしょう。でも周りを巻き込んで、貴重な技術者をとられるのは大きな問題だと思います。実際に日本の電池研究者がたくさん、全固体電池に流れています。毎年秋に開催される「電池討論会」(電気化学会主催)でも、全固体電池の話がとても増えていますね」
「全固体電池は安全だという話も出ていますが、今の液系リチウムイオン電池に大きな問題があるわけではありません。これで十分に成り立っているんです。それなのに、値段が高くて性能が落ちる全固体電池を誰が買うのでしょうか」
トヨタとしては、次世代電池の解決策が出てこない中で同じことばかりはやっていられないので、いろんなことを探してくるのではないでしょうか。基礎研究としてリチウム空気電池をやったり全固体電池をやるのは重要なことだと思います。しかし、無責任に実用化が近い様なことを吹聴するのは、私から見ると、真摯な研究のあり方とは思えません。少ない研究者が全固体電池に振り回されて、実際に必要な、例えば正極材の新しい材料を開発するなどの研究が進んでいない。トヨタの発言は影響力が大きいので、もう少し現実的で実体のある取り組みにも注力してほしいですね。現状は、日本の電池研究の足を引っ張っているのではないかとさえ感じています」
 辛辣な言葉で現状を語る雨堤さんの言葉を、ここではできる限り、そのまま紹介しています。
 全固体電池に関しては、2018年に調査会社の富士経済(東京都中央区)がまとめたリポートに、2017年の21億円市場が2035年に2兆7877億円になるという試算が出るなど、日本国内の「熱」は上がりっぱなしです。
 現在までに、トヨタの全固体電池の研究開発がどの程度まで進んでいるのか、詳細はわかっていません。来年あたり、雨堤さんもアッと驚くような成果が発表されるのであれば、それは素晴らしいことです。でも、電池研究に人生を捧げてきた雨堤さんの知見に照らせば、全固体電池に「EV用電池として明確なメリットはない」し、「量産実用化への壁はまだ何も解決されていない」のが現実であるということです。
 夢を語るのもいいとは思いますが、地に足が付いた研究開発が大事なのは当然のこと。全固体電池が、ドタバタの「夏の夜の夢」にならないといいのですが、はたしてどうなっていくのでしょうか』
 トヨタをはじめ多くのメーカーや研究機関を巻き込んだ全固体電池フィーバーが、日本自動車産業の壊滅という悪夢を招来しないことを、ただただ祈るばかりです。