”新・生産性立国論”(2018年3月、東洋経済新報社)に基づいて、彼の論旨を大胆に要約すると以下のようになります。
[生産性の向上が必要な理由]
・2016年から2060年までの間に、日本の生産年齢人口は3,263万人(42.5%)減少する。
・「一国の経済規模=一人当たりの生産性×人口」なので、人口減少社会では生産性を向上
させないと経済規模が縮小する。
・GNPが減ったからといって国の借金は減らない。また、人口は減っても高齢者数はあまり
減らないので、年金・医療の割合が増大していく。
・生産年齢人口(特に低賃金で働く人々)を移民により補おうとすると、かつて西ドイツが経験
したように、将来的な福祉費の増大に苛まれることになる。
・よって移民ではなく生産性の向上によって生産労働人口の減少をカバーしなければならない
が、日本の生産性は先進諸国の中で最低レベルに止まっている。
[生産性向上のために必要な政策]
①規模の小さい企業数を削減する。
一企業当たりのGDPと生産性の相関係数は84.2%。つまり企業の規模が小さいと生産性も低い。生産性の低い企業には退出してもらい、企業数を減少させる必要がある。従って、近年問題となっている中小企業の「事業継承問題」は歓迎すべきである。
②最低賃金を上げる。
低賃金と生産性の相関係数は84.4%。つまり最低賃金が高ければ生産性も高まる。一人当たりGDPが日本に近いドイツ・フランス・英国の最低賃金は、一人当たりGDPの約50%であるのに対し、日本は27.7%に止まっており、先進31カ国中26位である。なお、最低賃金を上げると失業率が高まるという主張もあるが、英国では最低賃金を大幅に上げても失業率は増えなかった。
③女性に活躍の場を用意する。
統計に裏付けられたアトキンソンの主張には、説得力があります。特に「③女性に活躍の場を用意する」については争いがなく、「②最低賃金を上げる」についても、政府部内などで徐々にコンセンサスが形成されつつあるように感じます。
アトキンソンの話に戻ります。
問題は「①規模の小さい企業数を削減する」という主張です。雇用の二重構造や規模間格差など欧米にはない病巣を抱えた日本社会において、この主張は果たして妥当なのか、そして実現可能なのか、疑問が湧いてきます。そこで次回以降、以下の5つの視点から検証していきたいと思っています。
①ピラミッド型生産構造の成立と解体
ピラミット型に形成された前近代的な下請け構造が、日本の加工組立産業をはじめとする製造業の競争力の源泉だったこと、プラザ合意やベルリンの壁の崩壊などを契機に、その解体が進行しているという視点からのアプローチ。さらに、日本製造業の最後の砦である自動車産業が、100年に一度とも言われる変化(=創造的破壊)に直面しており、これが日本経済の全面的な衰退を引き起こすかもしれないという問題意識からのアプローチ。
②労働市場の二重構造とその解体
石川経夫(東京大学)・出島敬久(東京大学、当時)が、”日本の所得と富の分配”(1994年9月、東大出版会)の第6章”労働市場の二重構造”においてその存在を実証した労働市場の二重性からのアプローチ(これは同時に、疲弊した雇用制度とリンクした教育制度の問題点についての議論を含む)。さらに、パートタイム・有期雇用労働法の施行や旧労働契約法20条最高裁判決などがもたらす終身雇用・年功序列賃金を特徴とするメンバーシップ型雇用の解体といった視点からのアプローチ。
③全部雇用的世界の解体と復権
二重構造モデルに都市・農村の潜在的過剰人口を加えた氏原正治郎(東京大学)の三重構造モデルからスタートして、野村正實(東北大学)が”雇用不安”(1998年7月、岩波新書)において描いた全部雇用的世界の成立と解体、そして超高齢化社会における復権という視点からのアプローチ。
④長期停滞仮説と日本
ローレンス・サマーズ(ハーバード大学、財務長官等)の長期停滞仮説や、イングランド銀行のルーカス・レイチェルとトーマス・スミスが明らかにした自然利子率の将来展望を受けて、人口減・超高齢化をはじめ雇用の二重構造、規模間格差といった問題をかかえる日本では、自然利子率(≒潜在成長率)の低下が、より激烈に進展するのではないかという問題意識からのアプローチ。
⑤新しい社会政策
①〜④の検討を踏まえ、住宅、教育、介護・医療、年金、コミュニティ再生などの社会政策をいかに再構築していくかという視点からのアプローチ。
(続く)